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歴史を知る、という事

4月25日の話になりますが、JKSFF勉強会を大向区民会館で開催しました。

今回の勉強会では特別講師として、NHKで放映されましたETVスペシャル『日本と朝鮮半島2000年』の第6回及び第7回にて取材協力をされました、現中央大学大学院の博士課程にいらっしゃいます近藤氏を招き、蒙古襲来と前期倭寇の時代を中心に日本と朝鮮半島の歴史について講義をしていただきました。

 

内容については会員のみの秘密とさせて頂きますが、今回の勉強会に出席して個人的に思ったことがあります。それは『歴史を知る』とはどういう事なのか、という事についてです。

現代日本の歴史教育でよく登場する人物ですが、イギリスの歴史学者であるE・H・Carrは、その著作である“What is History?”(邦題:歴史とは何か)で、『歴史とは現在と過去との対話である』と述べています。しかしながら、歴史の方から話しかけてくる事は無く、歴史との対話は必ず現在の方からアプローチしなければ、歴史は対話に応じてはくれません。

 

しかも歴史はすべてを語ってくれる訳では無く、断片断片しか語ってくれないので、何通りもの解釈ができる事がしばしばあります。言い忘れる事も多々あるようで、新発見、などと言った事がたびたびおこります。邪馬台国など、いくら聞いてももったいぶって教えてくれない事もありますね。

 

ではなぜ、現代を生きる私たちはこんなにも気分屋な『歴史』を学ばなければならないのでしょうか。それは僕は、『自分を知るため』だと思います。“自分”は決して、今の時代にポッと出てポッと消えゆく存在ではありません。大きな歴史の流れの中に時代の1つの歯車として生まれ、歴史と言う大きすぎて完成のないパズルに必ず1ピースをはめていきます。

『今を生きているんだから過去なんて関係ない』という方もいます。たしかに縄文土器に比べて弥生土器になったありがたみを感じる事はありませんし、パソコンを開くたびに平賀源内のエレキテルを思い出す訳ではありません。

 

ですが、その“今”も瞬きする間に“過去”となります。では“今”とは何なのか…。

と、近藤先生と勉強会後にチェゴヤで、空いた韓国料理の皿を挟みながらお話させて頂いた時に考えました。

自分はこれでも日韓交流、国際交流の小さな小さな1つの歯車のつもりです。小さな歯車だからこそ、自分がどういう位置で回っている歯車なのか、自分の歯車はどんな感じに回ればいいのか、という事を知る1つのアドバイザーとして、“歴史”とちょっとは話してみようかな、と思います。相手を知るにはまず自分を知るうようがあると思うので。

国際交流、日韓交流には人それぞれの道があり、人それぞれの方法があると思います。色んなギアがあって良いと思います。その方が面白いことができると思います。日韓交流に、国際交流携わる皆さんが、それぞれの色の、歯数のギアになって、良い物を作り上げていきたいな、と思っています。長々と失礼しました。